私が植物工場メーカーを始めた理由

更新日:5月25日

初めまして。GPF株式会社の池田浩晃です。


私は当初

植物工場メーカーになる

LEDを自社製で作る

野菜流通企業を東京に作る

ことになるとは、一切考えていませんでした。


身の回りにある物、スマホ、タブレット、液晶テレビ、そして植物工場。

全て自分が子供の時には無かった物で

将来なりたい職業、将来就きたい仕事などは

考えない方が良いと思っている人間です。


そんな私が植物工場メーカーを始めたきっかけは

良い野菜を作りたいからだったと思います。


どこから話せば良いのか迷いますが、ルーツを辿れば祖父の祖父。。。

の事からなどになりかねないので、大幅に端折らせていただきます。




TV等に大阪では良く出ましたので皆様よくご存知だと思いますが

ホンダの自動車販売会社の所長を辞め

最初は全く料理もできないのにシェフを雇い

大阪の羽曳野市でイタリアンレストランを始めました。
















その後現在の富田林市に移転し現在に至る事を前置きにします。
















私は自分を飽き性だと思うのですが

周囲からは「凝り性」だと思われていまして

レストランをしていると自然と

「お客様に最高の物を作りたい、お出ししたい」と思ってしまいます。


そんな私が最初に凝り出したのはピザに使う小麦粉です。 これもここでは行数の関係で詳しくは書きませんが

弊社経営のレストランのHPをご参考にください。




この「はるゆたか」という小麦粉を求めて

北海道に通うことになるのですが

そこで出会った北海道江別市のベテラン小麦生産者の”富永さん”は

この後にも引き続き登場されますので覚えておいてください。
















小麦粉へのこだわりは、北海道に通い詰め

「はるゆたか」を安定供給してもらえる事になり無事ゴールを迎えました。


ですがその後私の凝り性は止まらず

お客様に最高の野菜をお出ししたいという形で展開します。


そこで富永さんに電話を掛けて聞きました。 「富永さん、大阪で農業をしたいと思うんですがどうしたらいいと思いますか?」 この時、富永さんが意外すぎる事を仰いました

2009年の事でした。

(次回に続く)

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